映画『リズと青い鳥』レビュー – アニメーションにおける感情表現の一つの到達点

映画『リズと青い鳥』レビュー – アニメーションにおける感情表現の一つの到達点

★★★★★★★★★☆ 9/10

GWということで映画『リズと青い鳥』を見て来たので、感想を書いていきたいと思います。

ある女子高生の友人同士の、友情の陰に見え隠れする様々な感情の揺れが主題となっており、その繊細な描写が得難い魅力を生んでいる作品です。

おさらい

最初におさらいしておくと、本作は高校の吹奏楽部の活動を描いたTVアニメ『響け! ユーフォニアム』の続編という位置付けです。

TVシリーズでの3年生は引退した翌年のお話で、進級した当時の2年生、1年生が主軸ですが、TVシリーズを見ていなくても理解できる構成になっています。実際私もTVアニメは見ていたものの結構うろ覚えな部分もありましたが、独立した作品としても問題なく鑑賞できると思います。

製作はTVシリーズと同じく京都アニメーションですが、監督は石原立也から山田尚子にバトンタッチ、脚本も花田十輝から吉田玲子に代わり、原作の武田綾乃も女性ですので主要スタッフは女性陣で固められたことになります。これがこの作品の方向性を決定付け、かつ成功した大きな要因に感じます。(一応言っておくとTVアニメも十分良かったですが)

淡い青い世界

青を主調とした淡い色調で統一された画面、ややリアル寄りのキャラクターデザインは一見してこの映画がTVシリーズとは独立した世界を描いていると感じさせますね。

「リズと青い鳥」というのは作中で登場する童話およびそれを元にした吹奏楽曲なのですが、その童話が劇中劇として描かれ、こちらは色もビビッドでアニメっぽい表現がされています。童話の世界の鮮やかさに対して現実の薄くつかみ所のない色合いは、みぞれと希美の届きそうで届かない、触れたいけど触れられない関係を象徴するかのようです。

また回想シーンで使われる主線なしの水彩画のようなタッチの絵も非常に美しかったです。作品全体を通して異なる世界を異なるタッチの絵柄で描き分けるという手法が効果的かつ印象的でした。

みぞれと希美

冒頭の一連のカットでの細かい動作の描き分けによって、2人のメインキャラの性格と関係性が完全に描写されます。説明的と感じさせるセリフはほとんどなく、細かな仕草や表情の変化のよってその感情を表現することに成功しておりこの作品の大きな特徴となっています。

TVアニメでは、吹奏楽部員を中心とした人間関係を描きつつも、基本はコンクールでの勝利を目指すという言わば少年漫画的大筋がありましたが、本作ではそうした筋は陰に退き、ほぼ完全にみぞれと希美の2人の関係性だけが世界の全てであるかのように描かれます。

これは90分の映画という制約もあるでしょうが、みぞれと希美の幼さ故の依存関係を表現するにあたり奏功していると思います。そして2人の少女の特殊な関係と独特の色調やタッチが相俟って非常にリリカルというか、耽美的とも言える世界を生んでおり、これもこの映画の大きな魅力の一つですね。

リズと青い鳥

※以下ネタバレを含みますので未見の方はご注意を

童話では、ひとりぼっちだったリズの元に不思議な少女が現れ一緒に暮らすことになります。ふたりは幸せな日々を過ごしますが、実は少女は青い鳥であり、それを知ったリズは青い鳥の幸せを願い空へと逃がします。

これが中学時代に友達のいなかったみぞれと、彼女を吹奏楽部に誘った希美とに重ね合わされます。みぞれは明らかに希美に依存しているわけですが、一方で希美もそれを試すような行動をわざわざ取ってしまい、結局それによって自分を支えていることが次第に明らかになります。いわゆる共依存関係ですね。

童話が暗示するように、物語の必然としてこの共依存関係は失われます。それは子供時代の夢が終わり、現実を選択する物語です。挫折と成長の、小さな死と再生の物語です。そうした人生に一度だけの特別な瞬間が、まさに映画の一コマ一コマとして切り取られていく様は見事と言う他ないです。

演奏シーンでの表現

2人がお互いの関係性を自覚した後の「リズと青い鳥」の演奏シーンは見せ場という事もありますが特筆すべきものがあります。

正直自分に演奏の違いが分かるとは思えませんが、明らかに変わったように感じるわけです(実際変わっているとは思いますが)。細かい表情の変化や、カット割りによる演出など、要するに観客の先入観を利用した映画的手法な訳ですが圧倒的な説得力を持った表現になっています。もちろん音楽自体も素晴らしく、アニメにおける音の重要さも再確認できますね。

TVシリーズでの演奏シーンも圧巻でしたが、それが吹奏楽部員たちの成長を表現していたのに対し、映画ではもっぱらみぞれと希美の関係性を表すのに費やされているのも本作の特質を象徴しています。

そしてふたりは幸せなハグをして終了

最後の和解のくだりもいいですね。みぞれも自分の思いをちゃんと伝えることができました。ああいじらしい。

希美は最後まで素直になれないところがあって、嫌われ役に徹しすぎのように感じる面もあります。ただ「ユーフォ」はリアルめの高校生の感情を描くのが特色でもあり、人の性格は手のひらを返すようには変わらないという露悪的なところはらしくていいかなとも思います。

最初の登校シーンと最後の下校シーンの対比はお約束の演出とはいえさすが。

というか今時の女子中学生はハグしてお互いに好きなところを言い合う風習があるんですか?いつから日本は天国になったんや…作中で1番の衝撃だったかも知れない。

まとめ

高校生という微妙な時期特有の盲目的な依存や憧れ、嫉妬、羨望、挫折など、交錯する感情を他に得難いレベルの繊細な作画で表現しており、単に百合アニメとは括れない特別な地位をこの作品に与えています。

色調やタッチ、キャラクターデザインなど、内容に合わせた表現形式の選択も巧みで、作品特有の世界観の表現にも成功していると思います。

内容に好みはあるかも知れませんが、およそ欠点を見出すのは難しい完成度で、気になる人は是非劇場で観て欲しいですね。

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