映画『夜明け告げるルーのうた』レビュー – 動きと音楽が文字通り「命を吹き込む」アニメーション

映画『夜明け告げるルーのうた』レビュー – 動きと音楽が文字通り「命を吹き込む」アニメーション

★★★★★★★★☆☆ 8/10

湯浅政明監督によるオリジナルアニメ映画。

躍動感のある動きと音楽を融合させた独特の表現の面白さは抜群で、アニメーションが本来持つ魅力を再認識させる力を感じます。

ストーリーは動きを魅せる事に重きを置いており、オーソドックスな成長物語の枠を出ていないのはやや残念。

とにかく動きが気持ちいい

湯浅作品と言えばその躍動感あふれるアニメーションが魅力の一つですが、本作はまさにそこにフォーカスした作品と言え、監督のやりたい事をやってやった感がすごい。

ルーのダンスパートや人々が踊り狂ってしまうシーンは、『夜は短し歩けよ乙女』の詭弁踊りがさらに進化した感じで、その動きの面白さと躍動感はまさに圧巻。アニメーションの根本的な魅力がその「動き」にある事を思い知らせてくれます。

冒頭のメインキャラ3人の歩き方の描き分けに始まり、自在に操られる水の表現、ルーや魚たちの水中での動きなど、全編に渡って相当のこだわりが詰め込まれていて見ているだけで気持ちがイイ。

仲良くなったルーと主人公のカイが夜の散歩をするシーンでのルーの可愛さも半端ないですね。まるで人間の子供なんですが、見慣れぬ地上の世界に目を輝かせる仕草や動きの描写は非常に魅力的です。ぺろ、これはジブリ…

実際「夏休みの家族映画」を狙ったジブリ感は意図的なものだと思いますが、内容的にはポニョだけどマンガ映画的な動きはラピュタ的なものを感じますし、ルーのパパもトトロ感が溢れており、「古き良き」ジブリへのオマージュを感じさせますね。また、それでも自身のアイデンティティは失わないという自信も垣間見えます。

音楽と相まって生まれるグルーヴ感

特に『DEVILMAN crybaby』で強く感じましたが、湯浅監督は音楽とアニメの動きを組み合わせる事で独特のノリというかグルーヴ感を生むマジックを持っていて、音楽をテーマとする事でこの点でもやってやった感がありますね。

ルーは人魚ですが音楽が大好きで人が歌っていると寄ってきて、またルーの歌声を聞くと人は思わず踊らずにはいられいないという不思議な力を持っているという設定になっています。

西洋には人魚シレーヌはその妖しい歌声で船を惹き寄せ難破させたという伝説があり、また日本の古い歌には「遊ぶ子供の声きけば、我が身さえこそ動がるれ」というのもあります。人魚の子供が歌えば人が踊るのは道理というもの。

オリヴァー・サックスの『音楽嗜好症』で、自由な歩行が困難なパーキンソン病の患者が音楽を聞きながらだと歩けるようになるという音楽療法の話を読みましたが、音楽は人間の根源的な身体性と深い関わりがあるようです。

この映画のダンスシーンは音楽と視覚効果が相まって、観ているだけでこちらの体も動いてしまいそうな力を持っており、音楽と身体性の関係をアニメーションという形で体感できます。この表現力はちょっと他では得難いものがありますね。

独特な色彩感覚も健在

舞台となった漁村はお陰岩という大きな岩に覆われていて町に大きな影を落としており、基本的に地上のシーンは暗くくすんだトーンですが、対してルーの住む海は光り輝いて描かれます。

田舎の漁村という自分の知っている狭い世界の中でくすぶっていた若者が、人魚たちの住む海という新しい世界を知って未来へ一歩踏み出すというファンタジーを、光と色彩の変化で象徴していて鮮やか。

普段暗い場面が多いだけに、見せ場である海中の竜宮城的なカラフルな世界や、真夏の太陽の下で人々が踊り狂う灯籠祭のシーン、そしてクライマックスの「夜明け告げる」朝日と色とりどりの傘のシーンは際立って印象的です。

冒頭の主人公に少しだけ朝日が差すシーンと、ラストの町全体が夏の日差しに覆われるシーンの対比も象徴的で、そのまま真っ白なエンドロールに突入。映画のエンドロールと言えば黒が相場なので、ちょっとした驚きとともに爽やかな後味を生んでいて心憎いです。

オリジナルか原作ものか

そんなわけでアニメーションとしての素晴らしさは疑いようもないですが、ストーリーは動きの面白さを生かす展開に重点が置かれていて、お話自体としてはお約束をなぞった感じなのは残念といえば残念なところ。

主軸となる主人公の成長物語や仲間との関係も言ってしまえばテンプレ通りですし、お陰岩の影に覆われ産業的に行き詰まっている漁村と主人公の成長を重ねるという、物語に重層的な構造をもたらそうという脚本上の工夫も見られますが、感動を生むほどには至っていない印象です。

湯浅監督は「ピンポン」や「デビルマン」など、原作の面白さをこれ以上ないぐらいに引き出したアニメ化作品の強烈な印象があるのと、どうしても本作では「ここポニョ」や「ここ電脳コイル」というツッコミを入れてしまう場面もあって、それならいっそのこと原作もので…と思ってしまうところはありますね。

驚くべき生産性

本作の公開の約1ヶ月前には『夜は短し歩けよ乙女』も公開されており、湯浅監督は同時期に2本の長編映画を制作していたことになります。また約8ヶ月後には『DEVILMAN crybaby』も配信されるという、ちょっと信じられないペースで作品を発表していますね。

アニメーション制作のスタジオSARUはFLASHで作成していて、原画からほぼフルデジタルという話ですが、それにしても驚異的ですね。そんなに効率が違うものなのだろうか。

何にしても次回作もそう遠く無い未来に見られそうで、今から楽しみです。

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